村のハローワーク
- 仕事 -

ワラを牛が食べ、その堆肥を田へ還す。そしてまたお米が稔る。

めぐる山里には、牛舎という循環装置がありました。しかし、2年前。中学を出てからずっと牛飼いをしてきたマサミチさんが病気を理由に引退。まだこれからという64歳、突然のことでした。

米乾燥機が当たり前となった現在まで、上世屋で稲木干しが主流として続いているのは、牛舎がワラを買い取ってきたことも大きいと思います。夏、道ばたにスイカの皮や野菜くずをバケツに入れて出しておくと、マサミチさん、ユウコさん夫婦が牛の餌として持って行ってくれました。牛舎や田んぼ、モノづくりといった自然に依存するナリワイは、少しずつ関係し合って、村の景観や人のつながりにも影響しています。この絶妙なバランスが崩れるのは悲しい。村では牛飼いを大募集しています。

マサミチさん、ユウコさん夫婦に牛を飼うとはどんな仕事だったのか、どんな人にやってほしいのかを尋ねてきました。話を聞かせてもらう間、マサミチさんとユウコさんは「畜産」ではなく「牛飼い」という言葉を使います。そこに、ただ産業という枠に収まらない大きさを感じます。直接表現される訳ではないけれど、「牛飼い」という言葉に上世屋という地で牛を飼うことの誇りと魅力が漂っていました。

 

村に残るために牛を飼う。

マサミチ 中学生で村に残ることを決めた時に、親父が「上世屋で暮らすなら田んぼだけでは大変。マサミチのために」と言って始めた。牛や機械を揃えるのは投資も大きかったろうで。竹を伐り出して床張ったりしたもんだ。それでも15年ほど経って、地滑りで鍬の幅一つ分ほど地面が開いた。柱も開いた。やめようとも言っていたが、市の応援もあって現在の場所に新しい牛舎を建てた。それが30年ほど前だったな。2mを超える積雪にも耐えるように設計された鉄筋の牛舎が出来た時は、そりゃあ、希望いっぱいだったでぇ。

そうだなぁ、振り返って、田んぼだけではしんどかっただろうな。村に残れたんも牛舎があったからだと思う。

丹後地域では子牛を育てて売るスタイルが主流。

マサミチ うちらは昔から「繁殖」でやってきた。親牛に子牛を生ませて、10か月ほど育てて年に5回ある牛市で奈良や兵庫の「肥育」牛舎に売るんだ。平均して26頭ほどは飼っとった。

餌となる牧草やワラも世屋の田畑で集めた。

マサミチ よぉ働いたで。ワラ集めは自分とこの稲刈りも忙しい時分だでな。ワラ集めは天気のいい日にどこの農家も重なるんだ。売ってくれる農家から「取りに来い」と電話があれば、夜中でも行って脱穀(稲から米とワラに分ける作業)した。脂汗が出てどうにもならんで、トラックの荷台で20分ほど寝て、また脱穀したこともあった。当時は畑も2ha(100m×200m)ほどあって、糞を畑にすき込んでは、餌用に牧草やカボチャ、大根をつくっとった。

ギャンブル的な要素も多い。

マサミチ 親牛にする子牛1頭が100万円することもある。ええの買っても下痢させたらあかん。博打みたいなもんだ。

ユウコ うちは安く買って、大きく育ててたからね。

マサミチ 餌なんかも工夫した。出荷前には下痢をさせないように濃厚飼料を控えてワラを多目にやると体がガッとできるんだ。えぇ、これうちの牛かな、いうぐらい。それでも牛はやっぱり濃厚飼料が欲しいんだろうな。みんな睨んでくる。子牛の下痢の薬に青竹の消炭を作ったり、海辺の海藻を集めて餌にしたり。いろいろ考えたな。そうして牛の値もよぉなって来るとおもしれぇわな。努力もできるようになる。親牛の受胎率もよぉなって表彰もされた。

牛舎経営について。

マサミチ やっぱり、除雪は大変だ。2m近く積もることもある。機械も糞かきで使うより除雪で使うことが多かった。その分、牛舎は丈夫に作ったし丹後では一番大きい30頭飼いのサイズや。

ユウコ ほかのとこに比べたら山で静かだし、やりやすいよね。牛にもストレスないんじゃないかな。海も見えてきれいだし。

最近は放牧牛も注目されている。

マサミチ 牛舎は山の中だし、妊娠した牛は山に放牧もしとった。糞も処理せんでええし、エサ代もかからん。時々、村まで出て「放れてるでぇ」と言われたこともあったな。杉やヒノキの下草がきれいになって喜ばれたこともある。牛糞は近くに国営農場の畑が6反分あってそこにすき込めるし、近くに堆肥業者もあって引き取ってもらえるで処理には困らん。

牛飼いを考える人に一言。

マサミチ 生き物飼うんだで覚悟はいるし、夫婦でやれる方がええだろうな。そんでも、わしら手伝いはできるで帰省したりには困らんだろうで。経験者じゃなくても、京都府などの指導態勢はあるし、ちぃと慣れればそれほど難しくないもんだ。投資する金が1000万円もありゃ、そりゃええけど、なくても行政を通じて融資も受けられる。

ユウコ 私は東京から嫁いできたけど、抵抗はなかったし、お父さんが会合でいないときは一人でやってた。村には若い人も多いし何かあったら手伝ってもらえる。世屋で作るとお米や野菜も美味しいしね。

 

◆問い合わせ◆

やってみたいという方は、ひとまず、HPからお問い合わせ下さい。

 

 

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